好意という毒、悪意という薬

8月5日.6日は
戸隠、諏訪長野縦断体感WSでした。

レポートはFBに上げてます。

今日出来たらブログに纏めますね。


長野の松本市で見た虹です。

昨年青森の龍飛岬で見た虹を思い出します。





先週、映画版東京喰種を観て来ました。

魔法仲間の林ゆう子さんと観たのですが、
2人共喰種になったら適応は早いでしょう。


なぜ、適応が早いか。


それは生き残ることを最優先するから。

そして、生きることを自分で選んでいるから。



生きることは人それぞれです。

決められた生き方なんて無い。


誰かの指示や運命も赤ん坊から、
ある程度の年齢までは従わざるを得ない。


でも最終的には、
自分で選べば全てを選び生きられる。




自分で生きない人は、
様々な不調和を起こしやすいです。

心、身体、対人関係、お金。

この4つが人間の悩みのベースかな。


わざわざ悩みの世界に降りる人は多いけど。

刺激が欲しいのかな?
と感じる方もいます。


ジェットコースターやお化け屋敷を好む感じ。

生存本能を刺激されるから、
生きてる感を味わえますよね。


私は幼い頃から
リアルサバイバル出身なので、
ジェットコースターもお化け屋敷的な体験をしたいと1つも思いません。


思わないのは、
今の時間はサバイバルでない事を自覚しているから。


よく見かける方では、
今もサバイバル時間に佇んでいる人。


戦争は終わってるのに、
戦場を探しに行く人。


その戦争の名前は
「孤立」「孤独」と言います。



または褒美が欲しい人もいます。

褒美有りきの生き方は、
他者を支配しやすい。


例えば好意や善意の中には、
あらかじめそれを仕込んだ「毒」入りがよくあります。


私が昔からよく表現する、
「ヘドロ入りのケーキ」


見かけは甘く美しい。
そして、ヘドロは誰もが身の内にある毒。


違和感があっても、
表面しかフォーカスしないから、
気のせいにして毒に侵食される。


毒入りの好意や善意の、
立派な中毒になった頃には、
自尊心は無くなり美しい五感は虚無に喰われ感じない。


逆に悪意という薬。

こちらは分かりやすい。
誰もが心地悪いモノです。

悪意があるから、
「私」や「私の大事なモノ」をどうしたいか分かる。

放っておけば喪うから、
自分の見直しに一役買います。


毒が悪く、薬が良いと言う訳じゃないです。

単なる二元論なら、
イエスかノーで選べるが、
現実は入り混じることは多々あります。



東京喰種の話しに戻りますが。

喰種は人の肉以外肉体が受け付けません。

食べなければ、狂うし。


肉食獣は肉しか食べられず、
アゲハ蝶が柑橘系や山椒の葉しか食べられない。

喰種はそれと同じだけど、
食べる対処が人になると世界は排除に働く。


私にはこれが不思議で仕方ない。

人より倫理観が破綻しているからかもですが。

私はいつでも現実を直視して生きてますよ。



喰種の主人公の周りの喰種は、
自殺者を食します。

人と共存出来ないか、もがき足掻きます。


もちろん、
喰種にもとんでもないものもいて。

人間側にも喰種を実験台にする、
とんでもないものがいる。


私はマイノリティに肩入れし過ぎかもしれません。

鬼や悪魔や排除される側をサポートしたくなるしね。


私には多数が「善」に視えたことが無い。

「悪」にも視えませんが。

「狂気」に視える。


好意や善意は狂気も含むものね。

その狂気すら愛していれば良いけど、
狂気抜きの好意や善意を欲する。


人は純粋なモノや弱さ好きだけど。

純度の高いモノは毒だし、
弱さは支配に使いやすい。

視えるモノが視えた通りに作用しているとは限らない。



狂気を大事にする人は滅多にいないですね。


ま、私みたいなモノもいるから、
世界は面白いんじゃないかと思います。


あなたの世界は今面白く美しいですか?

たまに自分の世界を眺めてみるのも、
大事じゃないかと思います。


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